今日の日記もまた重いです。ごめんなさい。
昨日、15日に私は4クール目となる抗がん剤を受けてきました。
脳腫瘍は「がん」です。なので、私はがん患者になります。
悪性度の高いものとなると、その怖さは計り知れません。
告知を受け、闘う患者とその家族は精神的にも辛い時があります。
死を受け入れながら、いつまで続くかわからない未来を生きていかないといけません。
体調は良好でも、ふと、突然に。恐怖が襲ってくることはあります。
(私は敵を知り、自分を知り、もう受け入れてる"つもり"ですので随分マシになりましたが)
食べる事とか、寝る事とか、当たり前にしなくちゃいけない事が、できない時があります。
でも、幸せなことに、普通の事が輝きだします。
単純な事全てに喜びを感じます。
匂いを感じる事。
指先に感覚がある事。
コーヒーが飲める事。
長時間座っていられる事。
散歩ができる事。
電話ができる事。
メールが打てる事。
こんな事に喜びを感じているなんて、考えられないでしょうが、現実、あるんです。
わかって貰えるとは思っていません。
きっと、何か極限の体験をされた方には心のソコから共感して貰えるのでしょう。
さて、私の子供は、私や主人にたくさんの出会いのきっかけをくれています。
小学校に上がって、学童保育へ入所した時、2年目の春に役員をする事になりました。
そこで一緒に役員をした仲間とは、3年経った今でもお茶をしたり仲良くして貰っていました。
私が入院した時も、激励のメールをくれたりお見舞いに来てくれ、心強い仲間でした。
退院してから落ち着いた頃を見計らって、ささやかにレストランでお茶をしました。
今年の2007年5月の話です。
すると、仲間の1人が「胃腸の調子が悪いからデザートはやめておくー」と言うのです。
「またまたー」「1人だけダイエットとか許さんで!」「ほんなら、一口どうよ」
など、皆でやいやい言いながらそれでも「ちゃんと病院行きやー?」と話していました。
すると、1週間経たないうちに腸閉塞となり、ポリープが発見されたというのです。
「うわー、調子悪いって言うてたもんな?大丈夫かな…」と、仲間内で心配していたら
・・・大腸ガンでした。
自覚症状無しで、発見された時にはもう手遅れでした。
摘出手術を行うも、肝臓に転移していたそれは、彼女の余命を6ヶ月としたのです。
「半年なんて嘘や、だってこないだお茶してたんやで?!」
ガンなど、手術したり免疫療法をしたり、放射線、また抗がん剤治療などで命を落とす事は、
最近ではほとんどなくなってきました。
でも、彼女は再生不良性貧血を患っており、抗がん剤治療が出来ない体だったのです。
告知を受け、摘出手術した病院ではそのあとの治療を受けれないことを知り、
退院してきた彼女と、7月に彼女の家の近くでお茶をしました。
「見えない未来」
「昔に帰りたい」
「闇が怖い」
「前を向いて生きていかなくちゃ」
「病気に負けるな」
「わかってる、でも辛い」
「子供を残して死ねない」
「自殺する人の命が欲しい」
「自傷行為の愚かなこと」
「死ぬ勇気があるのなら、何が出来るだろう」
「怖いものは他に無くなった」
「一体どうしたら心から笑えるの」
悪性のガンと宣告された二人だからこそ語れる胸の内を思う存分吐き出しあって、
それでも、二人の間にあった「今を生きていくため」の慰めは、
「神様は乗り越えられる試練しかその人には与えないようになっている」と言い合う事で…
その後、彼女は自分が出来る治療を見つけ、そのためにほぼ病院で過ごすこととなりました。
小学校6年生の子供が居たので学校行事などは外泊して出席していました。
運動会にも来ており、その時話してくれた内容に驚愕でした。
私に執着している女性からメールが彼女宛にあり、それが・・・
『 「バイクで事故って全身打撲…死ねたら良かったのに」 って内容で目を疑ったよー』と言うのです。
聞いた私は激怒して、呆れて、哀れになりました。
もう、知り合いでも何でもないと思いました。
その後、彼女の体調はどんどん悪くなり、再入院前に会ったのは10月終わりごろ。
最後のメールは11/15。
そして12/15、私は彼女に置いて行かれました。
いつものメンバーと通夜で顔をあわせた時、号泣しました。
「いち抜けた、はずるいなぁ」と誰かが言い、顔をくちゃくちゃにしてまた泣きました。
明日は葬儀です。
いつもお茶をしていたレストランのクッキーを持って、棺に入れてあげたいと思います。
身近な人の死はとても辛い。
でも、最近読んだ船井幸雄さんが書いていた死後の世界があることを信じています。
彼女の魂が安らかである事を祈ろうと思います。
私の哀しみはもう彼女に会えない事の辛さから来るのかな?
もっと彼女に何かできなかったのかな。
あれが最後だとわかっていたなら、もっと何か?もっと何か…、
この涙は、後悔の涙なのかもしれません。